―――I want to fly.
―――Waiting for sunrise.
HONEY
「いい加減にしろっ!このバカッ!」
今日も少女の怒りの叫びとともに、和麻の周りの温度は一気に上昇する。
当の本人は、上昇する気温も、その原因となっている自分に向けて放たれる灼熱のプラズマ弾をも、全く意に介さず、
「どーでもいいが……そんなテンション維持し続けて、疲れねーのか、お前?」
などと、ぬけぬけと言ってのける。
勿論、その一言がまさに“火に油”となることを熟知した上でのこの言動だ。
「誰のせいでこーなったと思ってるのよっ!たまには反省しろっ!」
彼の思惑通りにより一層激しく“燃え出した”少女――彼のはとこにあたる、神凪綾乃の愛らしい姿を、八神和麻は、いつも通りに、微笑ましく見守っていた。
勿論、こちらもいつも通りに、自分に向けて放たれる全ての攻撃を躱しながら。
(いつもいつも、なんであいつはああなのよっ!)
伝家の宝刀・炎雷覇を、非道く私的な用途に用いつつ、綾乃は既に幾度目かもわからない不平を胸の内に撒き散らす。
それと同時に、目の前の相手――最近では、彼女の護衛も任されている男、八神和麻への攻撃も忘れない。
きっかけは、それこそパターン化しつつある、和麻のセクハラまがいなスキンシップだった。
*
神凪綾乃はいつも通り、放課後の退魔の仕事を完全に自分一人で片付けた。そしてこれまたいつも通りに、護衛の任を任されているにもかかわらず傍観者を決めこむ相棒に対し定型句と化しつつあるひと文句のあと、食事の催促をしようと振り返ろうとした。
のだが。
『!』
いきなり、誰の気配も感じなかったはずの背後から、何者かに抱きしめられた。
何者か、とは言ったものの、この場に存在しているのは彼女とその相棒――八神和麻の二人だけなのだから、今綾乃の身体を包んでいるその腕は、和麻のものでしかありえない。
常人よりは数倍鋭い感覚を持つ自分をいとも簡単に欺く和麻の技量に感嘆する余裕は彼女にはなかった。
『〜〜っ!?』
締め付けられているという苦痛もなく、かといってそこから逃げ出せるほど弱い拘束力ではない、このような行為に慣れているとしか思えない抱擁。一般の女子高生と比べて著しく恋愛に潔癖な――疎いとも言う――彼女にとって、この状況は結構な緊急事態である。
『なっ……! ちょっと和麻!? いきなり何すんのよ!?』
このような事態は過去にも何度かあったはずなのだが、今のご時世誠に珍しい純情少女である綾乃は、和麻のこのスキンシップ(?)に、一向に慣れる気配がなかった。
――無論、和麻はそれもまた熟知している上でこのような行動を取っている訳だが。
数分前まで悪霊怨霊が屯していた場所だった為、人気は全くと言っていいほどなく、ただ、遠くに大通りのざわめきが聞こえるだけである。
その、妙な静けさに耐え切れず暴れだす綾乃を、和麻は容易く押さえつける。
そうして腕の中の少女の艶やかな髪の香りを十分堪能してから、少し背を丸めて、唇を彼女の耳元に寄せる。
『綾乃』
『!』
思ったよりもずっと近くで囁かれた、自分の名前。
その心地よい低音に、耳朶に唇が触れるか触れないかの急接近に、綾乃はびくりと肩を震わせた。
と同時に、自分を拘束する腕の力が――振り解けるほどではないが――少し緩んだことを感じ取り、文句をつけてやろうと、背後の“敵”を、物凄い形相で振り返る。
『!?』
本日三度目の驚きに、用意してあった台詞は解き放たれることなく、彼女の胸の内で霧散した。
――目の前に、和麻の顔が、あった。
動転しておろおろする綾乃の顎を、いつの間にか彼女の背から放していたらしい片手でしっかり捉え、さらに接近する。
そして二人の距離があと1センチほどになったとき――
すんでのところで我に返った綾乃がキレて、今に至るのだった。
*
(どうやったらこんなに“可愛い”娘さんに育つんだか。)
灼熱の波状攻撃を苦も無く躱しながら、和麻は思う。
どこまでも純粋で、こうして――やや思いきりの良すぎるきらいはあるにしても――彼女はいつでも自分に正面からぶつかってきてくれる。
護る、手に入れると言いながら、綾乃には何度も助けられた。
またこうして彼女の隣にいられるのも、他でもない彼女自身のおかげである。
そういったことが重なるたび、和麻の中で綾乃が占める割合は加速度的に増えていく。
自分を追いかけてくれるこの少女がいる限り、自分はこれからも、自分でいられるだろうと思う。
今、綾乃の荒削りだった才能が――嬉しいことにこの自分に感化されて――徐々に、しかし着実に磨かれていっている。
太陽のように浩々とあたりを照らす彼女の霊気は、今やっと、地平線から顔を出しつつある。
それを促したのは、他でもない、この自分。
そうした認識が、和麻にとって何よりも嬉しいものであり、もっと彼女の色々な部分を引き出してみたくて、つい悪戯をしかけてしまう。
(俺も大概ガキだな)
などと思いつつも、やめることなど、和麻にはできるわけがなかった。
彼は、日が昇るのを呆けたまま待っていられるほど、気が長くはないのだから。
(他の女にも、こんなことしてばっかりいるんだわ、きっと! 信じらんない!)
和麻の本心などつゆ知らず、勝手に誤解して憤慨している綾乃は、更に数発のプラズマ弾を発射させた。
そして、それと同時に地を蹴って、直接炎雷覇での攻撃をしかける。
「こ、のォ……ッ! 女の敵ぃ〜っ!!」
大きく飛びあがり、その勢いをも利用して炎雷覇を大上段に振りかぶり、渾身の一撃を叩き込む!
(誰彼構わず手ェ出して……やられる方の身にもなってくれたっていいじゃない!)
いろいろと複雑な思いが込められた一撃だったが、
「うおっ。」
気の抜けた声とともに躱され、さらに手首も捉えられ、呆気なく戦いの幕は降りた。
いつもいつも、のらりくらりと自分を躱す和麻の余裕が悔しかった。
何度か見ている、和麻が風術で虚空を漂うその姿は、
彼の存在そのものを象徴しているようだった。
いつかは追いついて認めさせてやる、といつも思うのだが、その姿を見る度に、思う。
自分は空を飛べない、と。
単に二人が炎術師と風術師という異なる性質を持つだけの差なのだが、時折その差が、綾乃に和麻との果てしない距離を感じさせるのだった。
しかし、どこまでも前向きな少女は、その都度こう思うのだった。
それであんたに追い付けるなら、いつか、空だって飛んで見せる――と。
戦いの終わりを悟り、炎雷覇を納める綾乃。
肩で息をする少女を微笑を湛えて見つめる和麻。
それは、何の混じり気もない微笑だったのだが、綾乃はそれを、馬鹿にされていると受け取った。
しかし、例によって今回も自分の負け。
悔し紛れに、膨れっ面で、
「ちょっとは反省しなさいよっ!?」
と文句を言うのが精一杯だった。
「そこまで言うなら、前向きに検討してみなくもないがね」
「あ、あんたはぁ〜……っ!」
綾乃が再び爆発するより一瞬速く和麻は、掴んだままの綾乃の手首を軽く持ち上げ、同時に自分は身を屈め、昔話の王子と姫の図式そのままに――
彼女の手の甲に、触れるだけのキスをした。
「なっ……っ!?」
和麻は再度耳まで赤く染める少女の反応を十分堪能してから、
「よし。帰るぞ、綾乃」
そのまま彼女の手を取って、歩き始める。
夕暮れ時で、既に朱く染まった世界が、彼女の紅潮したままの頬の色を誤魔化してくれた。
(2004.08.02.)
(2005.11.18.加筆修正)
title and so on... HONEY/L'Arc〜en〜ciel