何年ぶりだよ……





暖かい部屋。





「あんたのうちに行きたい。」
「は?」
それは、これ以上ないほど唐突に発せられた綾乃の一言から始まった。
「何言ってんだ、お前。頭でも打ったのか?」
「どーいう意味よ、それ。」
「ンなモン、こっちが訊きてーよ。」
 八神和麻は、拗ねたような怒ったような目で自分を見上げている少女、神凪綾乃の発言に、非常に複雑な表情を浮かべた。


 辺りは既に夕暮れの色に染まり、家路へと急ぐ人でごった返している。
 今日も今日とていつものように、二人は綾乃の放課を待って仕事へ赴き、そしてさくっと片付けた。
 仕事後は、代金和麻持ちでそのまま外食してから帰るのが通例である。
 仕事――平たく言えば『除霊』というやつだ――が終わると、綾乃は何やら非常に嬉しそうな表情を浮かべ、都内の高級レストランの名前を和麻に告げるのだが、今日は何故か、何も言ってこなかった。
 『さ、帰りましょ。』とか言って、さっさと歩き出したのである。
 これにはいささか和麻も驚かされたが、よく考えれば、特別約束していたわけでもない。いわば――この男がそんな殊勝なものを持ち合わせているかは甚だ疑問ではあるが――善意で付き合ってやっているようなものなのである。
 (ま、使わなくて済むならそれで良し、ってな。)
 そう考え、深く追求することもなく、綾乃の隣に並んで帰路についたわけだったのだが――


「ダメなの?」
 そこらの男なら一発KOされそうな可愛らしい上目遣いに、和麻は一瞬、良識など一切捨てて綾乃を連れて帰ってしまおうかと本気で思った。
 が、素晴らしい自制心でそれを抑え、数瞬天を仰いで平常心を取り戻してから、
「いや、だってさ……お前が、俺のうちに来ると? ひとりで? ……マジか?」
 一つの疑問符に一つの首肯が返された。
 盛大な溜息をついて、和麻は後頭部を掻いた。
 この小娘は、自分の発言の意味がわかっているのだろうか。
 こんな時間帯に、一人暮しの男の部屋に、女がひとりで来るということの意味を……
 わかっているわけがない。絶対に。
 これ以上ない確信を持って、和麻はそう結論を出した。
 しかし、根本的な疑問は未解決のままである。即ち――
「何がどうしてどうなったら、そういう発言が生まれるんだ?」
ということである。
 和麻は別に潔癖症でも極度の秘密主義者でもない。
 隠し事は一切しない、という人間よりは秘密主義者に近いかもしれないが、何人たりとも自宅に入れたくない、などという思考は持ち合わせてはいない。
 まして、相手は綾乃である。いつかは招き入れることもある相手だ――と、彼は一方的に思っていた。
 だがしかし、同じ『綾乃が和麻の家に行く』という行動も、現時点でのこの2人にとっては全く別の意味合いを持っているはずである。
 彼女にとってのそれを確認することは、和麻にとって非常に重要な事項であった。

「何がどうして、って……あたし、そんなに変なこと言った?」
「質問してんのは俺の方だが?」
こればかりは譲れない。和麻はやや威圧的にそう言い放つ。
「な、なによォ……」
そんなに悪いことを言ってしまったのだろうか、綾乃は自分の発言に少し後悔しながらも、大人しく和麻の質問に答える。
「さっき学校で、ちょっと気になったのよ。
 ……あ、あんたがどんなとこで生活してるのか・ってこと。」
(そういうことか。)
恐らく、彼女の表層意識には本当に他意はないのだろう。深層心理については敢えて触れないが。
 まったく、他人のことだけでなく、自分のことにさえここまで鈍くなれるとは、これは一種の才能と呼んでもいいものなのかもしれない。
 綾乃らしいといえばあまりにらしい理由に、和麻は妙な説得力を感じた。
 そして、今日の2人のこれからの予定は決まった。

「ほー。気になるんだ? 俺なんかのことが?」
「なっ……! そんなんじゃ……ない、ハズよっ………ね?」
「いや、俺に訊かれても。お前のことだし。」
「別にあんた個人のことが気になったわけじゃないわよ!
 ただ……そう! 仕事上のパートナーとして、私生活も多少は見ておくべきだと思ったのよ!」
今思いつきました、と宣言しているような物言いに、和麻は思わず苦笑を漏らす。
だがそれも一瞬のことで、すぐに元の軽薄なだけの笑みに戻し、
「ま、そう言うことにしといてやらないこともないがな。」
どうにでも取れそうな曖昧極まりない感想を述べ、和麻は不意に歩む進路を変えた。
「え? ちょっと和麻……?」
「行きたい・って言ったのはお前だぜ?」
「行ってもいいの?!」
「まあ、断る理由も見当たらないしな。」
(……お前の身の保証はできないけど。)
和麻が言外にとんでもないことを秘めていることに気付きもせず、綾乃は嬉しそうに微笑み、数歩の遅れを取り戻すべく、和麻の方へと駆け寄っていった。


  *  *  *  *  *


「こんなトコに住んでんの……?」
「ああ。」
 少なからぬ驚嘆を込めた綾乃の独白にも似た問いかけを、和麻は事も無げに肯定した。
 二人の前には、所謂超高層マンションが立ち並んでいた。
 かくいう綾乃の実家も、滅多にお目にかかれないような立派なお屋敷なのだが、伝統的な和風の一軒家は、目の前にそびえたつそれらと優劣を競い合うにはあまりにも共通項が無さすぎるというものだった。
 遠目に見て、かなり立派なものだということはわかっていたが、近付いて見るとそれは綾乃の想像をはるかに越えた豪奢な造りの建造物であった。ホールの造りや階段、はては外壁に至るまで、統一感のある洗練されたデザインがなされている。――もしかしたら此処は、マンションなどではなく、億ションとかいうやつなのかもしれない。
(一人暮しの男が住むような所じゃないじゃない、こんな立派なの……)
 まさか二階建てのボロアパートに住んでいるとは思っていなかったが、流石にここまで豪華な住まいを購入しているとは思っていなかった綾乃は、暫し呆然と、そびえたつマンションを見上げていた。
「何ぼけーっと突っ立ってるんだ? ほれ、行くなら早く行くぞ。」
 綾乃に一声掛けると、和麻はさっさと歩き出してしまう。
 その声で我に返った綾乃は、
「あ、ちょっと待ってよ! こんなトコに置いて行かれても困るんだから!」
再び、慌てて和麻のあとを追いかけることになった。


 和麻の部屋は、最上階にあった。
(つまりは、値段的にも一番高い部屋・ってことよね……)
 隣でポケットに手を突っ込んで鍵を探している男の、外見からは想像もつかない豪勢な生活ぶりの片鱗を見せ付けられ、綾乃は奇妙な脱力感を憶えた。
 それと同時に、多少の安心を感じだことも彼女は否定できなかった。
 ホテルを点々としているうちは、いついなくなってもいいようにそうしているかのような印象を受けていたのだが、借家とはいえ、半永久的な住居を購入したということは、日本に滞在することを決めた、という意思表示なような気がしたのだ。和麻が日本に滞在する――即ち、自分のすぐそばにいてくれる、という安心感は、綾乃にとって他の何物にもかえがたいものであった――認めたくはないところではあったが。


「おい、何してる? 入らないのか?」
和麻に声をかけられ、綾乃ははっと我に返った。目線を上げれば、訝しげにこちらを見ている和麻の視線とぶつかった。
「・・・は、入るわよ。そのために来たんだから。」
 このときになってようやく、綾乃は緊張感を持ち始めた。
(良く考えたら、あたし、スゴイこと言っちゃったかも……? 男の部屋に一人で行きたいなんて……!)
「…………?」
 一方和麻は、入ると言った割には一歩も動く気配を見せないどころか、何故かひとりで赤面し出した綾乃をじっと観察していた。
(よーやく自分の言動の危うさに気付いたか、この鈍感娘は。)
ふぅっ、と小さく溜息をつくと、和麻はいつものにやけた薄笑いを浮かべて、今だ赤面し目を白黒させている――つまり、隣に和麻がいることなど完全に失念している綾乃の耳元に素早く唇を寄せ、
「安心しろって。何しようって気はねぇからよ。……女以外の生き物にはな。」
低音の心地よい響きに思考が停止しかけた綾乃だったが、最後の一言を聞き逃すようなことはしなかった。
「なっ……! どういう意味よ、それ!」
和麻は、自分のむなぐらを引っつかみ食って掛かる綾乃を、あらん限りの同情を込めた眼差しで見つめ、
「……言って欲しいのか?」
一言だけ告げる。
その態度に、綾乃の怒りのボルテージと、そして周囲の気温が加速度的に上昇した――が、次の瞬間、綾乃は剣呑な気配を消した。
「…………?」
「今日は、あんたとやりあうために来たわけじゃない・ってことを思い出したのよ。……じゃ、お邪魔させてもらうわよ。」
 そう言うと綾乃は、既にロックが解除されていた玄関のドアノブに手をかけ、躊躇いもなく開け放った。
 どう考えたって、今日の綾乃はおかしいかった。いつもなら、炎雷覇までは出てこなくとも、炎の拳のラッシュくらいは繰り出されている所だ。
「さてさて……姫様は何を考えているのやら。」
和麻は口元に微笑を浮かべ、家主より先に玄関に上がりこんだ綾乃のあとにならった。


 部屋の内部は、外観同様立派な造りであったが、その部屋を見て綾乃は、豪奢よりも殺風景という感じを強く受けた。
 部屋の中には必要最低限のものしかなく、がらんと広いフローリングの部屋は、ひとり暮しをするにはあまりにも広く、そして寂しく感じられた。
 綾乃が、和麻がマンションを買ったという事実に抱いた安心感をいとも簡単に霧散させる、そんな雰囲気を持った部屋だった。
「なんというか……ものがないわね。」
「まあ、必要ないしな、とりあえず。」
「それにしたって、ちょっと淋しくない?」
「そうか? 野郎のひとり暮しなんざ、大抵こんなもんだろ?」
思わず正直な感想を漏らした綾乃に、大して気にしたふうもなく和麻はそう言った。


(……しっかしまぁ、これほどとはね……)
 決して態度に表すような事はしなかったが、綾乃の存在がプラスされることによって激変した自宅の雰囲気に、和麻は内心かなり驚いていた。
 確かに彼女から見ればこの部屋は依然殺風景で寂しげな部屋なのかもしれないが、日常を此処で過ごしている和麻から見れば、今この部屋は、普段とはまるで異なった、非常に暖かい雰囲気を持っていた。
 我ながら冷たく無機質で生活観の感じられない部屋だと思っていたが、変えようと思えばこんなにも明るく暖かい雰囲気を持たせることができると知っては、余計にその思いも強くなるというものだった。
 意識を目の前に戻すと、和麻の目に、所在なげに立ちすくむ綾乃の姿が映し出された。思い切り視線の持って行き所に困っている少女の愛らしい姿に苦笑を漏らしながら、和麻は綾乃に、リビングのソファーに適当に腰掛けるよう勧めた。
 彼女が一歩進むたびに部屋に暖かさが広がっていく様子が手に取るようにわかった。どんな場所をも明るく照らし出し、彩っていく彼女は、まさに太陽の化身と呼ばれるに相応しいと、和麻は綾乃の後姿を見ながら、ぼんやり思った。


(……やっぱり、来てみて良かったかも……。)
 少なすぎる調度品のため、設計者の予想をはるかに越えたゆとりを持て余している和麻の部屋をぐるりと見回し、綾乃はそう思った。生活観が無いにも程があるというものだ。これならば、モデルルームに住むほうがまだマシというものである。
 実は、先刻綾乃が和麻に言った【和麻の家に行きたい理由】は――純粋にそれだけだった、とは言いきれないが――紛れもない本心だった。和麻がどんな所で生活しているのか――それは、最大の関心事であると同時に、和麻についての最も予想しやすい項目の1つでもあった。生活観の全く無い、非道く殺風景なマンション――言いかえれば、いつ何時でもすぐに引き払えてしまう、そんな場所。
 『神凪』の名を捨てたときから、和麻は還る場所を持っていなかったはずである。そしてそれは、日本に戻ってきた今でも変わることはないのではないか――それを確認するために、綾乃はここへ来ることを望んだのだった。――そして予想は、綾乃の一抹の期待を完膚なきまでに裏切って、的中していた。
(これじゃ、ホテル暮らしも一緒じゃないのよ……)
 和麻に促されて奥のリビングへと移動しながら、綾乃は寂しいような悲しいような、自分でもよくわからない気持ちになっていた。


「適当に座って待ってろ。飲み物くらいは出してやる。」
「えっ!ウソっ?!」
「……お前、俺を一体なんだと思ってやがる……?」
 普段の彼の言動からはおおよそ想像もつかない台詞を聞かされ、綾乃は本気で驚いた。思わず口を付いて出た言葉を聞きとがめられ、綾乃は目線を外す。
「……いらねぇなら出さねぇぞ。」
「あ、うそゴメン! いります、頂きます!」
「……まあ、別にいいけどよ。」
 そう言ってキッチンと思われる方へ向かう和麻の背を、綾乃は今だ信じられないといった様子で見送った。飲みかけの烏龍茶1缶で難癖つけてくるような男が、まさか自分をもてなしてくれるなどと、一体誰が予想できただろうか。
 暫く呆然としていた綾乃だったが、自分が今だ立ちっぱなしで有ることに気付き、ソファーに腰掛けようとした。リビングには、二人がけと一人用のソファーが1つずつあった。とりあえず綾乃は、より奥側に置かれた二人掛けの其れに座り、先刻和麻がつけていったテレビを何となく見ていた。


「……で、気は済んだのか、お姫様?」
 振り返ると其処には、いつの間に来ていたのか、マグカップを2つ持った和麻が立っていた。
「だ、誰が姫よ!」
「お前だ、お前。」
 顔を赤らめながら反撃する綾乃にすかさず切り返し、なお言い募ろうとするのを、
「ほれ、飲め。」
絶妙のタイミングで放った、テーブルにマグカップを置きながらの一言で抑える。
「なっ……あたしはドーブツじゃないわよ。」
いつものことながら完璧にやり込められ、恨みがましい目つきで和麻を睨みながらも、綾乃は自分の前に置かれたマグカップに手を伸ばした。
 カップからは、蒸気とともに、何ともかぐかわしい香りが漂って、綾乃の鼻をくすぐった。素人が淹れてこれだけの香りが立つとは、恐らくかなりの高級品だろう。一口含めば、口中に広がる上品な風味が何とも言えない安らぎを与え――其処でふと、綾乃の頭に1つの疑問が浮かんだ。
「紅茶なんて、よくあったわね。」
「ん? ああ……たまに煉が遊びに来るとき出すモンに困ってな。紅茶なら飲めるだろうと思って買っておいたんだ。」
 和麻のカップを覗うと、彼はどうやらコーヒーを飲んでいるようだった。戻ってくるまでの時間を考えると、こちらはインスタントのようだが。
「で?」
「え?」
「だから、用件は済んだのか、って話だよ。」
「ああ、それ……」
 なんて答えたら言いのかわからず、綾乃は押し黙った。済んだと言えば済んだ。元々確認のためだったのだから。そう伝えれば、きっと目の前の男は『じゃあとっとと帰れ。』とか言って自分を追い出すのだろう。だが、このまま帰るのは何故か躊躇われた。何となく、まだ帰るには早すぎる、そんな気がして、綾乃は返事に困っていた。


 一方和麻は、そんな綾乃の考えを正確に見抜いていた。
(まだ帰りたくない・ってか……。俺は構わねぇけど、責任取れねーしな。
 ……何より、宗主に殺されるよな、こいつにそんなことしたら。)
 悶々と考えに耽る少女を見やりながら、そんなことを考えていた。
「ねえ、キッチン、見せて欲しいんだけど。」
唐突に、綾乃から声がかかった。
「あ? ……まあ、別に構わねえぞ。」
 和麻が場所は?と訊くと、わかるわ、とだけ答え立ちあがり、迷わずキッチンの方へ消えていった。パタパタとスリッパを鳴らして歩く少女の後姿を見送りながら、和麻は奇妙な既視感を覚えていた。


 暫くガチャガチャといろいろ物色しているような音が聞こえていたが、やがてそれもおさまり、代わりにまた可愛らしい足音が近付いてきたかと思うと、柱の影から綾乃がひょっこりと顔を出した。
「……今度はなんだ?」
 綾乃は先手を取られたことに驚きと悔しさを感じながら、それでも自分は頼む方の立場だったので、不遜な物言いに対する文句はぐっと堪えた。
 数瞬視線を泳がせ、俯き、そうしてようやく決心がついたように、再び和麻と視線を交える。臆病な小動物のように、少しずつ彼の方に歩み寄りながら、
「あのさ、ちょっと……買い物行ってきてくれない?」
「断る。」
「お願いっ! そんないっぱいじゃないし、どこででも売ってるようなものだから!」
「だったら何も今俺に買いに行かせることねーだろ。帰りがけにでもお前が自分で買って帰れよ。」
 珍しく下手に出て恥を忍んでお願いしているのに、全く取り合ってくれない目の前の男に、【今日は我慢しよう】と密かに心に決めていた綾乃もついにキレた。……まあ、ついに、と言っても、元々の気性が激しいためそれでも十分短気の部類に入れられてしまうのだが。
「なによっ! たまには少しくらい聞いてくれたっていいじゃないっ!
 今使うものだから頼んでんの、わかんない?! 
 それにこれはあたしのものじゃなくてアンタのため……………あ。」
 頭に血が上った状態でまくし立てたため、不要な一言が口を突いた。慌てて口を噤んでみても、時既に遅し。赤面した綾乃の目の前には、にやついた笑みを浮かべた和麻がいた。……心なしか、いつもより無駄に楽しそうにも見える。
「俺が、どうかしたのか?」
「な、なんだっていいでしょっ! どうせ行ってきてくれないんだから、教えてなんてあげないんだから!」
恥ずかしさのあまり、顔ごと和麻から視線を外して言う。というか叫ぶ。
「なんだっていーから、さっさとそれ、見せてみろよ。」
「!」
その言葉に、綾乃は思わず握り締めていた手を更に強く握り直した。――後ろ手で隠し持っていた1枚のメモに、より深い折り皺が刻まれた音がした。
 全て見抜かれていたのだ。遅まきながらそう悟った瞬間、綾乃は首筋まで赤くした。悔しさと恥ずかしさから複雑な表情で俯いたまま、残っていた距離を詰めて和麻にそれを渡した。
「……………お願いします。」
「あ?まだ行くなんて一言も言ってないぜ?」
「!」
「冗談だよ、ちゃんと行ってきてやるって。」
「あんたね…………っ?!」
「じゃ、行ってくる。」


口元に手を当て、目を白黒させている綾乃を放置したまま、和麻は上機嫌に買い物に向かった。


(これは多分……カレーだな。)


 そして彼は、一瞬にして自分の部屋の表情を変えた少女の笑顔に思いを馳せた。
 今頃慣れない家事に取り掛かるために気合でも入れているかもしれない。――そんな様子を想像し、苦笑を漏らした。
 買い物を終えて帰れば、綾乃は自分をどんなふうに迎えてくれるのだろうか。
 そんな想像をしている自分がいることに、和麻が少しだけ驚いた。


 綾乃の存在はいつも、和麻の世界に彩りと、温もりを添える。
 待つ人の居る、帰るべき暖かい部屋を欲する気持ちを覚えたのは、何年ぶりだろうか。
 浮かべた苦笑をより深いものにして、和麻は少し、足を速めた。






finish.




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製作後記

如月様より9800ヒットのリクエスト和綾です。
今回は、今までのものとは少し違う方向で攻めて(?)みました。
和麻にセクハラばかりさせていると、椎名の人間性を疑われかねないので。
……護るほどの体裁など、初めから持ち合わせていないだろう、という説もありますが。
ですが短編集を読んでみて、セクハラ無くして和綾は語れなさそうなので(苦笑、
ラストで和麻が綾乃に仕掛けた行為が何であったかは、個々人の想像にお任せします。

さて、今回勝手に和麻にマンション買わせてしまいました。
でも、いい加減もうホテル暮らしはやめて・・・ますよね??
読んでない短編もあるのでその辺よくわからないんですけど。
一戸建てとかアパートとかに住んでるところが想像できなかったので、マンションで。
他にも勝手に設定作ってしまいました、すみません。

最後になりましたが、如月様、リクエスト大変ありがとうございました。
お気に召しましたかどうかわかりませんが、少しでもお楽しみ頂けたら幸いです。

  Fri.Sep.10th,2004...Kakeru.S.