ん、美味い。






so sweet.






今日も今日とて、暑かった。
昨日のニュースによると、真夏日がこんなに連続で記録されたことは今までになかったそうだ。
確かに今年は、何だかやたらと【観測史上】という言葉を聞いたような気がする。
だが、彼女にとって、それは大して気に留めるべきものでもなかった。
少々の異常気象が報告されたところで、彼女の夏休みには何の支障もない。
――彼女――神凪綾乃が農家の娘だったりしたら話はまた違うのだろうが。


「暑……。」
「ま、夏だしね。」
「そうそう。がまんがまんだよ、綾乃ちゃん。」
まるで中身のない言葉のやりとりをしながら、街中を歩く彼女達は皆、私立聖陵学園の2年生だった。
神凪綾乃、篠宮由香里、久遠七瀬。
タイプは違えど、いずれも校内屈指の美少女であった。
つまるところ、何処に行っても何かと注目を集めてしまうことに、彼女達はもう慣れていた。
登校すれば名も知らない後輩から挨拶をされ、街を歩けばニヤついた男どもに声をかけられる。
そんなことは日常茶飯事である。
今日は久し振りに3人の休日が重なったため、午前中から集まって、仲良くショッピングを楽しんでいた。
そして今は、午後3時。
彼女達はここまでの間、実に7組もの男に声をかけられていた。
――勿論全て断ったり強制退場させたりしたが。
そして今も、綾乃達に卑しさ丸出しの視線が集中していた。


「自分がモテない最大の理由がそこにある・ってこと、いい加減気付かないのかしら。」
「あのね、綾乃ちゃん。“気付かない”っていう点では、綾乃ちゃんは人のこと言えないと思うの。」
「ちょっと、それどーいう意味よ?」
先刻と同じ調子でぼやいた綾乃の声に、今度は意味を持った言葉が返された。
……内容は、綾乃にとって実に不愉快なものであったが。
「そのまんまの意味だろ。」
由香里を半眼で睨む綾乃に、七瀬が答える。
「あたしが、何に気付いてないっていうのよ?!」
「何・って……………」
「「ねぇ?」」
見つめ合って、同じに首を傾げる2人。まったく、こういうときのコンビネーションは相も変わらず絶妙である。
「……この暑いのに……あんまりあたしを怒らせないでくれない……?」
「あはは、やだな〜綾乃ちゃん。そんなにムキにならないでよ………あ!」
台詞の途中で声を上げた由香里は、綾乃を通り越した先の何かを見留め、目を輝かせた。
控えめに言っても非常に相らしいその表情に、綾乃はふっ、と肩の力を抜き、
「どうしたの?」
と自分から尋ねた。
「ねぇ! あれ食べようよ! ちょうどおやつの時間だし。」
そう言って由香里が指差した先を見て、綾乃と七瀬は即由香里に同意した。


「……結構待つわねー……。」
「さっきちらっと見えたんだけど、ここのお店、最近雑誌で紹介されたみたいだよ。」
「なるほど、それでこんなに人がいるのか。」
他にも店はあるのにな、と、ぼやく七瀬に、
「七瀬ちゃん、あたしたちもそんな奇特な人間の中の3人でしょー。」
「そう思うんなら、諦めて他の店で買わない??」
柔らかく突っ込みを入れた由香里に、綾乃は更に突っ込んだ。
「えー、折角話題のお店を見つけたのに、食べないなんてもったいないよ。
 もうちょっとだから、綾乃ちゃん、お願い!」
胸の前で手を組んで、上目遣いにお願いされた綾乃に、抵抗する術はなかった。
綾乃も、普段と違い無茶なお願いをされているわけでもなかったので、
「そうね。たまにはのんびり待ってみるのもいいかもね。」
「さっすが綾乃ちゃん♪ ありがとー」
「まぁ、この分だともう5分もすれば買えるんじゃないか?」
自分たちの前にいる人間を数えていた七瀬がそう言った次の瞬間、
「――じゃあさ、もう5分経ったら、その後俺らと一緒にどっか行かない?」
横手からいきなり掛かった男の声に、3人は同時に視線を移した。
描写は避けるがまあ、典型的、と言うか、ありきたり、と言うか――とりあえず、いかにもなナンパ君3名が、そこにいた。
そのだらしない姿を見留めた瞬間、3人は顔を見合せ小さく溜息をついたのだが、
彼女たちの美しさに完全に舞い上がっている馬鹿どもは、そんなことには気付きもしなかった。
3人は慣れた様子でアイコンタクトで対処法を決める。
まずは由香里――話し合い担当だ――が一歩前に出た。
あの、いつものふわふわとした微笑を浮かべ、
由香里は自分よりも頭2つ分は高い位置にある男たちの顔を見て、
「あの、私たち今日は、女の子だけでお買い物しに来たので、ごめんなさい。」
とりあえず丁寧に言ってみる。
「えー、そうなの? でも、絶対俺らと一緒のほうが楽しいって!」
それで大人しく引き返すようなヤツらでは、勿論なかった。
「それに、会ったばかりの人たちに、何処かに連れて行ってもらう・っていうのもちょっと……」
目線を外し、『失礼は承知なのですが……』とでも言いたげな感じを醸し出してみる。芸が細かい。
そして直後に、『早く諦めてくれないかしら』オーラを出す。これは最早、業と呼んでも良いレベルだ。
だがしかし――
「うわっ、不安なんだって〜! マジ可愛いんだけど!」
空気の読めない男たちに対しては、効力がないどころか、逆に煽ってしまう結果となってしまった。
由香里の敗北が見えてきたところで、七瀬が由香里の肩をポンっ、と叩いた。選手交代の合図だ。
「悪いけど、あたしたちここの用事が済んだら帰るつもりだから。」
由香里の肩に手を置いたまま、そっけなく言い放つ。
「そんなこと言わないでさ、たまには思いっきり遊び歩いた方が良いんじゃない?」
「今日は午前中からずっと遊んでたからもう十分……だよな?」
取り付く島も与えずそう言いきり、最後に自分以外の二人に同意を求める。
無論、これは全て七瀬の口からでまかせで、このあとも暫く歩くつもりである。
そんな本心はおくびにも出さず、
「うん、もう十分。」
「そろそろ足も疲れてきたしね。」
賛同の意を表す。すると、
「ちょっとくらいいーじゃねぇかよ。せっかく声掛けてやってんだから付き合えよなー。」
「ははっ、言えてるぜ。」
「ちょっと顔が良いと、女はすぐ調子に乗ってお高くとまるから嫌なんだよな。」
なかなか連れない彼女たちの態度に、プライドでも傷付けられたのだろうか、
男たちはいきなり暴言を吐き始めた。

ぶちんっ。

由香里と七瀬は、背後から何かとてつもなく嫌な音が聞こえた気がして、ぎぎぃっ、と首をうしろに回した。
そこには二人の予想通り、マジでキレちゃう5秒前の、神凪綾乃嬢が、居た。
先刻の男たちの台詞が、痛くお気に召さなかったらしい。
しかし、腹を立てていたのは綾乃だけではなかった。
由香里と七瀬も勿論頭にきていたので、いつもなら形だけでも止めに入るところを、
(綾乃ちゃん、やりすぎちゃ駄目だよ?)
(周りに人が多いから、誤魔化し効きずらいからな?)
アドバイスをするに留まっていたりする。
そんな3人の様子も気にせず、未だに頭の悪そうな悪口大会を続けていた男たちの前に、再び綾乃が立った。
「おっ、何? 俺らと行く気になっ…………………」
絶対零度の視線を受けて、流石に男は硬直した。
自分たちは、とんでもない存在に目を付けてしまったらしいということを、今更ながらに思い知る。
綾乃が次に取る行動は、火を見るより明らかだった。
しかし相手は、綾乃の実力を知らない。引き下がったりはせず、表情を多少引きつらせながらも、しっかり身構えた。


膠着状態が少し続いた。綾乃が成敗方法を考えているのだ。
男たちの背中を冷たい汗が伝い、ギャラリーの誰かがごくり、と生唾を飲みこんだとき、
綾乃がゆっくりと、間合いを詰め始めた。
そしてついに、所謂【一歩の間合い】に綾乃が足を踏み入れようとした瞬間――

どごっ!
ばきっ!
めりっ。

何やらやたらと痛そうな音を立てて、3人の男たちはそれぞれ身体の一部を、重い打撃を食らったようにへこませ、声もなく倒れ伏した。
「……………?」
掌底を繰り出そうとしていた構えを解き、綾乃はゆっくりと周囲を見回す。 今の攻撃、綾乃がやったものではない。
綾乃は【炎術師】であり、戦闘には、己の身体と炎術を使用する。
では、誰がやったのか。
それも綾乃には、心当たりがあった。
しかし、何処を探しても、捜し求める男の姿は見当たらない。
【風術師】ならば、今のような芸当は造作もなくできる。
そして、あんな無駄のない術を行使できる自分の知らない風術師が通りすがりに助けてくれた、と考えるより、
自分の身近にいるそれがやったと考える方がよっぽど現実的だ、と言うものだ。
しかし、見つからないとなると、やはり違うのだろうか。
「和麻かと思ったんだけどなー……。」
「あたり。」
「うひゃあっ?!」
心地良い低音は、すぐ耳元から聞こえた。
ばっ、と後ろを振り返り、今まで探していたその姿を視界におさめる。
バックを取られたままでは、何をしてくるかわからない。
凄腕の風術師、八神和麻がそこにいた。
「たまには当たるモンだな、お前の鈍すぎるカンも。」
「なっ……! 余計なお世話っ……あ。」
いつも通りにエキサイトしかけた綾乃だったが、連れの二人が好奇の眼差しをこちらに向けているのを見留め、詰め寄るのだけはなんとか堪えた。
「あんた、何でこんなトコにいるの?」
「ん?ああ、通りかかっただけだよ、たまたまな。」
「嘘! そんな偶然、今時少女漫画にだってないわよ!」
実はこの辺りに来ていたのは、本当に偶然だった。
ただこの場にいたのは、風の知らせで綾乃(たち)が絡まれていると知ったからだった。
見物するだけのつもりだったはずなのだが――
「ホントだって、俺を信じろよ。」
「信じられるかっ!」
どの口が言うんだ、と、力の限り突っ込みを入れた綾乃だったが、
「まぁ、一応助けてくれたのよね。……ありがと。」
「気にするなって。お前にやられるより、俺がやった方が被害が少なくて済むと思っただけだから。」
「なっ?! どういう意味よ、それっ!」
再び激しかけた綾乃の耳に――
「お次のお客様、どうぞ――。」
冷や汗だらだら流しながらも笑顔を作った店員から、注文を訊く声が掛かった。


「やっと食べられるね〜♪」
「なんか、無駄に長い5分だったよな。」
「あのくそ野郎どものせいでね。」
「まあまあ、綾乃ちゃん、イヤなことは忘れて、食べようよ。」
ベンチの自分の隣に座り、朗らかにそう言う由香里の言葉に、綾乃も深く息を吐き出して、
「そうね。……じゃ、食べよっか。」
やっと手にした目当てのもの――製法やら材料やらに拘りがあるらしい話題のソフトクリームを、3人は幸せそうに見つめ、


「「「いっただっきま〜す♪」」」


3人同時に一口目を食べる。
「おいし〜っ!!」
「これは……かなり当たりじゃない?」
「あたりなんてモンじゃないわよ! かなり美味しいじゃない!」
口々に絶賛する3人の――というか綾乃の背後から、第4の声がした。
「どれどれ。」

ぱくっ。

「……悪くない、が……ちと甘いな。」
背の低いベンチに座っていた彼女たちの背後に忍び寄っていた和麻は、
綾乃の意識が手元から外れたところを見計らい身を乗り出して、彼女が口を付けたソフトクリームを食べたのだった。
そして、何やら冷静に感想を漏らしてみたりした。
「あ。」
「あっ♪」
「………………………………………。」
至極嬉しそうな顔をした二人と、俯いて静かに震えているひとり。
ベンチの後ろで、男は既に体勢を元に戻し、にやにやと綾乃の反応を観察していた。
「いつもいつもいつも…………いい加減にしろっ、あんたはっ! いっぺん死んでこいっ!!」
暴れ出しそうになる寸前、和麻は綾乃に、冷静に指摘した。
「どーでもいいが、今俺を相手にしてると、それ、溶けるぞ。」
「?!」
そうだった。綾乃が手にしたそれは、既に夏の日差しを浴びて、表面が溶けかけている。
因みに由香里と七瀬は、こちらを楽しそうに眺めながら、美味しそうにそれを食べている。
なかなかイイ性格をしているようだ。
綾乃は、自分の持つソフトクリームをじっと見つめた。
確かに絶品だった。こんなヤツの相手をするより、由香里達の隣に戻り、一緒にゆっくり味わうべきだと思った。
しかし、しかしである。
先刻の和麻の行動を思い返して、綾乃は頬を朱く染めた。
彼女のバニラソフトは、和麻が口を付けてしまったのだ。
(た、食べられるわけないじゃないのよォ……)
純情な少女は、間接キスにも抵抗を感じているようだった。
食べたい、でも、これは食べられない。
かなり真剣に悩むこと10秒弱、彼女に妙案が生まれた。
「和麻、あんたにこれあげるから、新しいの買ってきなさい!」
「やだ。」
即答だった。
「拒否権なんてないのよ! 勝手に人の食べちゃって! そんなに食べた買ったんだったら、自分で買えば良かったじゃない!」
(……別にどれでも良かったわけじゃあないんだが……)
そんな内心をおくびにも出さず、いつもの調子で和麻はこう言ってのけた。
「拒否の理由その一。俺は味見したかっただけで、そんな甘いもの全部は食いたくない。
 拒否の理由そのニ。今からアレに並ぶのは時間が掛かるし、面倒臭い。」
「ちなみに和麻さんに並ばせる場合、そんなに待ってらんないからあたしたちは先に行っちゃうかも??」
「だな。」
「こ、の……薄情者おおぉぉぉっ!!」
綾乃にとっての救いの舟は、何処からも出てきそうになかった。


数秒後。結局、折れたのは綾乃だった。


「あーあ。もう随分溶けちゃった。」
「だから早く食えと言っただろうが。」
「誰のせいでこうなったのよっ!
 って、それよりなんであんたまだここにいるわけ?!」
「なんで・っつってもなぁ……今日俺、仕事ないし。」
「あったって楽してばっかりなんだから、いつも無いようなもんじゃない。全く……。」
相変わらずのケンカ口調ではあったが、糖分を摂りながらである為か、
いつもより心持ち穏やかに綾乃はそう言った。
随分葛藤していたようだったが、一口食べてしまえば、どうってことはなかったようである。
【まだ怒ってるんだからね】という態度を取ろうとしているようだが、
嬉しそうにバニラソフトをペロペロやっていては全く意味がない。
そんな可愛らしい少女を、和麻は優しげな眼差しで見つめている。
そして由香里と七瀬は、期待のこもった眼差しで、和麻と綾乃の二人を見つめていた。
二人の存在もしっかり計算の内に入れて、和麻は綾乃に再び仕掛ける。


彼女の死角からそっと手を伸ばし、艶やかな黒髪をひとふさ掬い、
「綾乃。」
静かにその名前を呼ぶ。
先ほどとは明らかに違う雰囲気に、綾乃は身体を強張らせた。
「なっ……何よ?」
「こっち向けって。」
頑なに視線をソフトクリームに向けたまま答える彼女に苦笑しつつ、
いつになく優しげな口調で言う。
この男がこういう物言いをするときは、大抵良いことがない、とイヤというほど経験させられた綾乃だったが、
未だにこの声に抗する手段を持ち合わせてはいなかった。
「だから、さっきからなんな…………っ!!」
しぶしぶ顔をあげると視界いっぱいに、和麻の顔があった。
一瞬、思考回路を停止させた綾乃だったが、次の瞬間には既に硬直から開放され、回避行動に移ろうとした。
だが、その一瞬が命取りだった。


和麻は、綾乃が逃げられないようにしっかり肩を抱くと、 彼女の愛らしい唇のすぐ下――俗に言う【セクシーぼくろ】のできる位置を、ペロッと舐めあげた。
「おお。」
「きゃっ。」
無駄に嬉しそうな二人の声も、今度こそ完全に硬直した綾乃の耳には届かなかった。
「な、な、何して…………?!」
「ん? お前がいつまでたってもそこにアイスついてんの気付かないから取ってやったんだ。感謝しろ?」
「ばっ……!誰も頼んでないわよそんなこと!」
「お、もったいない。」
そう言うと和麻は、溶け出してついにコーンから溢れ出たアイスに唇を寄せた。
コーンの上辺りに人差し指を掛けるようにして持っていた綾乃の手がどのような運命を辿ったかは、推して知るべし、である。


「やっぱ甘いな、それ。」
立ち上がり様にケチをつけながらも、物凄く満足げな顔をした和麻が見下ろす先には、
今度こそ首筋まで赤く染め、瞬き一つできずに硬直している綾乃がいた。
彼女から視線を外し、今度は今までずっと自分たちを見ていた二人を見る。
「ま、そーいうコトだから。こいつのことよろしく頼む。」
「任せてください♪」
「一緒にいる間は、しっかり見張っておきますよ。」
一見意味不明なその一言の意味を、由香里と七瀬は正確に読み取った。
「じゃ、俺はそろそろ行くわ。」
「「はい。さようなら。」」
二人の挨拶に片手を軽く挙げて応え、和麻は歩き出した。


(ここまでしても、こいつの場合気付かないだろうしなぁ……)


その顔に、小さく苦笑を浮かべながら。





finish.





−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
製作後記。

やっと聖痕更新かよ、と思えばこんな駄作で申し訳ありません。
これは、8100hitをGETされました、六花様のリクエストの和綾小説(?)です。
実は私、ドラマガ購読しだしたのが最近だったので、今まで短編がどんなノリなのか知らなかったんですよ。
で、とりあえず自分の妄想の赴くままに、2004年8月号などを参考にしつつ(笑)書いていた訳なのですが、
まさか、原作が既にああいうノリだとは知りませんでした(笑。
いつネタがかぶってもおかしくない状況らしいので(てかまだ2作しか書いてないのにもう既に表現とかかぶってるよ、
書きたいことは先手必勝でどんどんやっていきたいと思います(笑。
因みに今回の【スキンシップ】は、友人から借りた【フェロマニ】を参考にしてみました(笑。

最後になりましたが、リクエストくださった六花様、有難う御座いました。
どうしようもない駄文でしかも長文でしたが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
そして、ここまでお付き合いくださったビジター様も、有難う御座いました。


Tue.Aug.24th,2004...Kakeru.S.